ひろしま乳がんアカデミア2017

  • 2017.10.16 Monday
  • 19:31

今年で三回目、初回からお手伝いしています。

ボランティアの手伝いより前に、

テキスト作りに奮闘いたしますが、

今年は、テキスト入稿の前にポスター作りから取組みました。

 

1ヶ月前位になると、関係者各自でfacebookなどで

PRされておりましたが、

その都度、目にするポスター

 

1週間前には夕方広島テレビでの紹介がありました。

それも近くのイオンモールで・・・

「わぁ、先生達、ご苦労様だな〜」というのが

いつもの感想で

今年は、「わぁ、当社で生まれたポスター!!」と

感動ひとしお・・・

 

そして当日。

雨の中、テキストを納品するところから始まるので、

他のボランティアさんより先に会場へ。

日曜日の納品は基本、印刷会社さんが休みなので

配達して貰えないため

わが社で運ばないといけないのが、いつも悩みの種。

 

でも着々と準備が進み

600冊持ち込んだ無料配布用テキスト。

この日の仕事は、私にはここで終わったようなものです手

 

ここからはボランティアなので、気を抜くことができる・・・アセアセ

と思いきやDocomo_kao8

何故か毎年させられる、

多分この役割が一番大変・・・と言われる

タイムキーパーなのです。(トホホ)

 

会場の一番前に、恐れ多くも先生方に

「3分前」「1分前です」「終了です」

とプラカードでお知らせをしないといけないのです。

アカデミアの講義に夢中になって聞いていると、

ストップウォッチを見るのをつい忘れてしまうし・・・

時間近くなると、「先生、こちらに気付いて!!」

とラブコールの合図を・・・

 

でも、今回役得!!

と思ったこと。

ミーハーですが、

広島テレビのアナウンサー、馬場のぶえさん。

綺麗なんですよ、毎年拝見しますが。

この方のオーラーを感じながら、

特等席で見れるのです。

 

今回のお洋服もとても素敵で気になりました。

この色は私の好きな朱赤色と黒のツートンワンピース。

絶対デザイナーズ服だ!!

この色と同じようなツーピース持っているので

(私は約20年前に福袋でGET品)

その服をよく来ていた年齢が丁度

馬場さんの年齢くらいだったな

きっと、あのデザイナーの服かな〜とか

やたら、本題以外のことにも気になり見とれていた私でした。ニコッ

 

先生方も、とってもオシャレなのです。

なんか、だんだんと乳腺外科の医師はスター化してきています。

500人もの「おばさま」達に

いかに、飽きず楽しい雰囲気で堅い内容を

聞いて貰えるかということを、とっても工夫されていて

今年は、第3部を

患者さんの聞きたい内容を「投票する」という方式。

その中から5つのタイトルを選んで

座談会方式で意見を述べる・・・など。

年々、レベルアップしていくアカデミアです。


このお陰で広島県は、乳がん患者数、全国1位

というのは、健診数が全国1位なので、

患者数も多いのですが、これらも

こうした広島県の乳がん専門医の方達が

乳がんで死ぬことのないように

健診率を上げていこうという運動をされている賜だと思います。

 

本当に忙しい医師の先生方なのに、患者さんの為に

いつもいつも有り難うございます。

 

乳がんアカデミア2018の詳細はこちらから・・・

http://www.hiroshima-academia.com/

 

 

 

 

 

 

 

 

乳がんの本

  • 2017.09.14 Thursday
  • 18:34

前回の記事にご紹介した

イラストレーターの桑田直美さん。

 

現在、福山市の某印刷会社の従業員ですが、

彼女が書いた本が、とても衝撃でした。

 

 

赤裸々に綴られた闘病日誌です。

でも、彼女の可愛いイラストで、辛い内容もなんとか

明るい雰囲気での表現されていて

暗いイメージはありません。

闘病後、現在の会社に就職し職場の協力もあり

この本ができたそうです。

 

ネットで販売していますので、検索して

みなさん読んでみてくださいね。

イラストも可愛いので「エッセー集」のようでもあります。

 

彼女は広島県でも東部エリアに住んでいるので

先日もある会で「体験記」を初めて人前で話されたとか。

福山・尾道でも中心になって活動されている

先生方もいらっしゃり、

いつもいつも、感服したしますが、

広島県の乳腺外科の先生って、どうしてこんなにも

患者さんの為に、病院の外でも時間を割いて

やってくれるの?と。

 

いろんな病気の患者会というのは、

どこでもあるのかと思いますが、

多くの先生がひとつの会で、同時に集まり、私服で私用時間に

身近に患者さんに寄り添い相談に乗ってくださる病気って

乳がん以外にありますか?

って感じです。

 

 

サロンでも毎回テーマに基づいて、先生方のミニレクシャーが

1時間ほどあります。

先生方は、スライドもサロンの為に毎回作られていますが、

あまりに先生の制作が上手なのに感心しています。

 

その会の様子はこちら

 www.pinkribbon-h.com

 

 

乳がんの関連の仕事の風景

  • 2017.09.09 Saturday
  • 15:00

今日は、是非乳がんについて関心を持って頂きたく

この記事を書くことにしました。


この時期になると、

10月に開催される「ひろしま乳がんアカデミア」

 

で当日配布される

テキスト作成が気になっています。

 

「ひろしま乳がんアカデミア」は別名

「乳がんの学校」です。

みなさん、是非参加してみてください。

当社も女性が多いので、社内、社外にポスターを貼ってます。

 

乳がんでない人も、これから「もしも」の時に

知っておくと気持ちの受け皿の衝撃が違うと思います。

 

広島大学病院の先生を中心に

広島県内病院の代表的な乳腺外科医、

乳がんに関わる医療従事者先生方が診療室以外で

教示くださいます。

 

そのテキストは

 

2015、2016年のテキスト

 

私は6年前に乳がんに罹患し、約5年間の投薬治療を終え

現在に至りますが、そのお陰というか、

出会いもあり、乳がんのテキスト作成にも関わることになりました。

 

偶然私の主治医が、広島県の乳腺外科医師の講師という立場

(初めて頂いた名刺にはそのように書いてありましたが現在は肩書きは変わっているかも)

にいらっしゃり、患者さんが乳がんの知識を学んだり、

病気について相談する場である

「まちなかリボンサロン」を立ち上げられた先生でした。

 

また、入院した病院で最初にお世話頂いた看護師さんも

広島県で第1号(と聞いています)の「乳がん看護認定看護師」で

先生と一緒にサロンを立ち上げられたようです。

 

そんな素晴らしい医師と看護師が

偶然、私には初めての大病で親身になって

接してくださった方達でした。

 

そんなご縁もあり、私は第2回目から

「まちなかリボンサロン」に毎月1回開催の度、

できる限り参加し、同志(乳がん患者同士)=癌友きゃvネコができ

辛い内容の話題も明るく過ごせる場になっています。

 

その後、先生は目標だった「乳がんの学校」=「ひろしま乳がんアカデミア」を

3年前に初めて開催され、今年も3回目が開催されます。

 

乳がんの冊子というのも、薬品メーカーや色んな所から

無料配布物は数ありますが、

先生・医療従事者の方が監修されている冊子がいくつかあり、

そのひとつである下記の冊子が、このたび再版される機会に

2種類関わらせて頂きました。

 

 

この「おしゃれにすごしたい」の中には、匿名で

私の手記も掲載されています。

 

「副作用ガイドブック」の表紙は

乳腺外科医師(女医さん)のアイデアですが、

「おしゃれに過ごしたい」の表紙イラストは

イラストレーターの桑田直美さん(福山市で同業者)にお願いし

素敵な表紙ができました。

 

桑田さんともご縁があり、知り合いましたが

素敵なイラストを描かれるので

何かとこれからも頼りにしたい存在です。

 

 

訃報のニュース

  • 2017.06.16 Friday
  • 10:43

昨晩携帯のニュースで知った「野際陽子さん死去」

えっーー泣き

 

81歳、母と同じ年で全く老けない女優さん。

ある意味、あんな風に年を取れたら・・・という憧れの女性でした。

 

日々テレビに出てる人、

年齢聞くとそんなに年?と思わせない人で

いつも元気なイメージでした。

それが三年前から肺がんで闘病をしていたとは・・・

 

私の中では野際陽子さんは、最初に女優さんで認知した人であったように思います。

 

実は父との想い出でもあるのです。

 

父は、趣味がカメラで外出にはいつも持ち歩き、

私の幼い頃からの写真は多く撮影されています。

 

そんな中、幼い頃、広島市のどこかの公園の

撮影会に連れて行かれました。

私も「バカちょんカメラ」を父から与えられており、

一緒に撮影会で写真を撮りました。

 

そのモデルが、野際陽子さんと江波杏子さん。

 

野際陽子さんは、黒のロングワンピースを着て、

江波杏子さんは、着物姿でした。

公園の木々の前でポーズを取った

ロングヘアーで綺麗な人。

はっきりその表情まで覚えているのです。

 

幼い時は、それが誰なのか認知していませんでしたが、

大きくなるにつれ、テレビで好きだった「キーハンター」で

野際陽子さんを見て、この人「あのときの人?」と

父と訪れた撮影会の写真を改めてみると

そうだったのです。


改めて、「野際陽子」という女優さんを認知して

それ以来、初めて実物をみた女優さんとして

特別の目でみていた人だったのです。

 

大好きだったドラマ「キーハンター」で共演している

千葉真一さんとドラマのように、相思相愛で

結婚したら良いのにな〜

と幼子頃に思ってたら

本当に結婚したときには、嬉しかったのを覚えています。

 

 

そんな日常に、当たり前に見ている人が亡くなった。

父との想い出でもあった人でした。

 

今朝は、ワイドショーなどで

その人生を流されるとつくづく、残念でなりません。

 

もう一人、黒柳徹子さんも注目の人です。

この方が亡くなると、どれだけ世界中も驚くことでしょう。

徹子さんも野際陽子さんと親しかったとか・・・

 

こうして私が育った時代に先駆者的に活躍していった

母の年代の人達が、亡くなっていくことに

時代の流れが、自分の年代になっていくのだな〜と

人生の後半を感じずにはいれません。

 

 

 

 

 

孫と過ごした風景

  • 2017.05.08 Monday
  • 17:51

今日のブログは、感情そのままで、乱文お読み見苦しいとは

思いますが、お許しください。お願いm(_ _)m

 

 

娘がGW連休2日前に帰省するという、

あり得ないLINE連絡が入ってきました。

 

どうやら、婿さんヌキで孫と二人と帰省すると・・・・♪

−−−育児疲れかぁ?な

 

娘と孫のみで帰ってくれるのは嬉しいゆう★

 

気兼ねなく、孫に接することができる!!

プラス、休日にもどってくれる

※婿さん一緒だと、絶対平日にしか休みが取れない家庭

婿さん同伴はやはり、気遣いをしますアセアセ

 

早速、主人に大阪まで迎えに行かせました。

気が変わらないうちに・・・と

 

しかし、戻ってくると、期待外れに泣

私の実家に滞在するというショボン・・なんと・・・泣き

 

我家は狭くて、母は仕事で忙しく、

家事をしてくれないし手、干渉するし・・怒り

しかし、

おばあちゃん家は古屋敷で広いし、

甘えさせてくれるし、朝昼晩食事がちゃんと出てくる。

さしずめそう言った理由でしょう〜・・・

 

連休になればしっかりと、孫の子守くらい出来るのに〜ゆう★

と、半分ふてくされ、実家に送り届けて、

孫に会いたければ実家に通うしかなくガーンネコ

 

さしずめ、この人誰?

エマちゃん、ばぁばです。

 

 

と、ショッピングモールのベビーカーを押す私に

不思議そうな顔

 

おもちゃを買ってあげて、少しずつ慣れてくれ

 

動くウサギに可愛いショットを撮れました。

 

主人は3日早く大阪で子守経験をし、

しっかり孫が懐き、扱いに慣れていますしぶっ4

 

 

ばあちゃん家で過ごすと言う娘に、

 

孫の子守は諦めて、

自由自適にのんびり、すごそう〜

 

GW、1日目は墓参りと孫に会いに行きましたが、

2日目からは主人を送り出し

 

「ぶらり広島」

広島駅前の新しく出来た、蔦屋家電を視察。

 

朝ドラの「ひよっこ」の桑田佳祐の曲に合わせて流れる

オープニングのミニチュア模型、

田中達也さんの展示会を見たり

カフェでランチしたりと

 

市電に乗って、うん十年ぶりのフラワーフェスティバルクローバーに行き

広島の市内のリバーサイドの美しい風景に

堪能して過ごし

改めて、広島って綺麗な町だな〜と感動したり・・・

 

 

ショッピングに行った矢先kyu

 

どうやら、

母のところからkamule様子の連絡があり・・・むっつり

 

そりゃ、そうだ。母も81歳。

いくら曾孫可愛いといえど、

あまり長くいると疲れ果ててしまいます〜ぴのこ:)

 

早朝の子守からさせている様子で、

引き上げ命令を出すと

すんなり、自宅家に戻ってくることに手

 

母も曾孫との別れがさみしいらしく・・・

 

私はというと、

やっと孫を独占できる

喜んで迎えに行きました。

※主人も4―7日まで外泊

 

お陰様で、やっと

5〜7日の3日間、Docomo_kao19

孫と過ごさせて頂きました。ゆう★

 

早朝の子守や離乳食作り、お風呂、

抱っこ紐でお散歩と、スキンシップキャッ

赤ちゃんの匂いや肌の柔らかさって、

母親なら、懐かしいですよね?

我が子の時には、仕事をしていながらの育児。

ゆっくりと味わう間は無かったですDocomo_kao19

 

娘と趣味が合うのは、海外の話やブランド。

さしずめ、以前から行きたいと思っていた

広島美術館の

「ピーターラビット展」晴れ

 

生誕150周年ということもあり、

可愛い限定グッツがいっぱいでした。

どれもこれも孫に買ってあげたい。

 

し・か・し、

しっかり孫の・・・イヤイヤ、

娘の服を買い足しに、隣のデパート散策

 

母の財布が必要だったわけです。アセアセ

 

赤ん坊を連れて、試着もしにくいとかで

2日連続ショッピング。

 

少しの時間でしたが、久々に娘と過ごし、

孫の貴重な赤ちゃん時期を一緒に

過ごすことが出来、

 

ま・ん・ぞ・くニコッ・・・です。

 

 

 

人間として生まれ、今から育つ赤ちゃんの成長を

見れるというのは、

精気を頂けるというか、生きる気力というものが

出て、細胞が活性化する感じがします。

 

これから、孫ロスのさみしい時間は、

撮りためた動画カメラに浸る日々になるでしょうゆう★

 

ニコ寝姿はなかなか、見れなかったので、

早朝の子守で私の部屋に来たときに

やっと寝顔の写真が撮れました。き

エマちゃん、あなたを「何歳」まで

見届けることが、ばぁばは出来るのでしょうね・・・

 

高校野球の風景

  • 2017.03.22 Wednesday
  • 21:33

2015年夏の広島大会で、準優勝だった母校。

 

それが今年の21世紀枠で、甲子園出場になりました。

それだけでも、びっくりでしたが

1回戦を、もうダメだと何度も思った試合に

愛知の高校に延長戦まで持ち込んで勝ちました。

 

丁度土曜日ということもあり、1回戦の対戦で

久々に開会式もまともに見てドキドキワクワク。

 

また、在宅ワーカーの子が、

東広島で友達のお子様が野球部に在籍しているとかで、

リアルタイムでfacebookでアップしていました。

 

なんと彼女は応援バスに乗っている!!

40数台のバスが、三木SA集結・・・なんて

「必勝 呉!」という旗を付けたバス。

羨ましいな〜

 

しかし、久々に実家呉に立ち寄り町の様子を聞くと

町内会で募金集めがあり、応援バスも500人募集が回ってきて

「町内の××さんは、前日の夜から行ったそうよ」という話しが

聞けました。

 

↑唯一買えたという、お土産だそうで・・・

 

 

新聞で知ったとき、募金をしたいがどうすれば???と待ちわびていましたが、

やっと同窓会から手紙が来ました。

もちろん、振込ましたが同窓の妹のところには来ていないと・・・

 

まあ、にわかに結成された「応援団」なんでしょうか?

常連の学校のようにはいきません。

 

故郷の呉に住んでいたら、きっと応援バスに乗っていったかもしれないな〜

 

母曰く、母の子供の頃

新聞では、呉市は半世紀ぶりの甲子園出場と言われていますが、

そのもっと前にも

実家のすぐ上にある、工業高校が甲子園に行ったとか・・・

その時、町の様子を話してくれました。

 

昔から、甲子園の時期になるとそうした話を耳にしていた子供の頃。

いつか、また呉が甲子園に出る時には・・・と

想像してワクワクしていました。

 

そうして、12歳下の弟が

小学校の頃から野球チームに入り、

亡くなった父は、年老いて出来た待望の男子だったので、

スポーツは関心のない人でしたが、

弟の野球を応援していました。

人とはあまり拘わるのが得意でない父は

色々役員なども引き受けて・・・

 

その後、高校野球で投手。

甲子園を家族は密かに「もし・・」と夢を見ましたが、

広島県内のベスト8に届くか届かないかでしたね・・・

 

その後、大学進学には

野球で推薦で入り、大学野球をやり

両親は遠征試合があると、

休みの日には夫婦で応援に出かけていました。

そこでも、大きく目立つことはなく・・・

 

しかし、就活にも野球のお陰で

三菱広島の社会人野球に入りました。

 

社会人野球では、決勝に進み負けましたが、

東京ドームでの試合を経験しました。

 

両親は会社からの招待で

東京に行き、勝ち進んだので

1週間くらい滞在したと思います。

私はすでに結婚していましたが、

準決勝の時に、子ども達をつれて

車で東京まで走りました。

 

私の実家では弟の野球で盛り上がり

両親は、弟の活躍で充実した

至福の時期だったのではないかと思います。

 

高校野球に限らず、スポーツで華やかな瞬間を盛り上がり

家族で共有できることは、どれだけ嬉しいことか

そんな風景を、同じ故郷や母校に通っている子供達の親も

味わっている。

 

そんな幸せな風景を高校野球が始まると

家族の姿に同感して涙ぐみ、選手の活躍をみてまた涙ぐむ

「熱闘甲子園」です。

 

 

 

 

 

 

朝ドラの風景

  • 2017.03.02 Thursday
  • 19:43

朝ドラのファンになったのは近年ですが

特に、女性の社会に出て活躍するストーリーは楽しみにしています。

「花子とアン」「あさが来る」「とと姉ちゃん」そして「べっぴんさん」

 

「べっぴんさん」では、

キアリスができるところから面白くなりました。

会社になって過ごしている様子は

日々参考になる事柄が多々あります。

 

主婦の仲良しグループが、

「赤ちゃんにやさしい肌着を作りたい!」こだわりから

商品をつくり販売していく。

 

何もわからない奥様たちがどうやって

商売にしていったいったか・・・

 

弊社も、「わすんノート」とか色々思いつき商品をつくり

販売することを試みているので、

商品づくりの基本ってそうだよなぁ〜と

共感することが多いです。

 

商品を売るために、販促はどうするのか

 

人材は・・・

身内だけで手一杯になったから、一般に人を採用する。

その時の採用基準など・・・試験はどうするか

 

新入社員に、どう接するか・・・

特に自分の子供が入社してきた、どう対処するか

あ〜確かにな〜と思うことが多いです。

 

また、この1週間は感慨深いものがありました。

’70大阪万博の映像が多く出た1週間でした。

 

エキスポがあったときは、私は10歳くらい

もちろん、行っていません。

 

テレビで観る映像しか知りませんが、

さすがNHKと思ったのが、

通常「太陽の塔」メインの

歴史の中の1ページ程度の紹介くらいしか、

観れることはないですが、

多くの人々の様子の映像が出てきました。

 

__.JPG

実は、父が大阪万博に一人で行ったことを思い出しました。

「人が多くて歩くのも大変だった」「暑くてビールを飲んだ」

そんなことを、言っていたのを思い出しました。

 

映像の中に「べっぴんさん」の内容に合わせ

女性の未来の社会進出を思わせる、コンパニオン達の映像も多く出ました。

私が進路を決めるときに、

「将来××になりたいから、東京の学校に行きたい」

と言ったときに、都会に行くことを心配する母親とは違い、

後押ししてくれたのは、

父はこのエキスポに行き、女性が多く活躍する姿を観てきて

これからは女性も外で仕事していくことを感じていたのか

・・・と。

 

「これからは、女性も仕事を持って生きて行く時代なんだろうな。

おまえは家にいるような相でなく、外に出る相だ」

と言ったのかも…と感じました。

 

この万博の映像は、父がこの場にいたこと、

そして、どういう風に感じ、観てきたのか、

父の想いを想像し、

また父を思い出した1週間でした。

 

 

新年会の風景

  • 2017.02.01 Wednesday
  • 17:45

年末年始と賑やかなところを避けておりましたので、

そろそろご馳走が食べたいな・・・と楽しみにしていた新年会。

 

瀬戸内寿司割烹 安芸茶寮 さんで新年会しました。

こちらは、ミシュランガイド2013掲載され、

昨年G7外相会議で

アメリカの長官や大使の方達が寄られたお店です。

 

やはり、広島出身の岸田外務大臣の影響ですかね・・・

 

色々私の最近の話題は、会社のインスタグラムを立ち上げ、

リアルタイムでアップしているので、このブログで紹介しずらくなりましたが、

少しご紹介。

 

ここは、タイに行ったとき、安芸茶寮さんのN社長さんと親しくさせて頂き、

安芸茶寮を知りました。

とっても、気さくな、ナイスガイの方でしたが。

そのN社長さんは、アメリカの来賓とのツーショット写真が・・

そして、広島の名のあるお店をいくつか経営されている方でした。

なんだ、なんだ、そんな凄いお店の社長さん?と

 

王室御用達でもないけど、庶民が行っていいの?と言うくらい

敷居が高いと思っていたお店です。

 

昨年末、忘年会で広島市西区の高台にある「厳遊庭(がんゆうてい)」に行ったとき、

すごく良くて、メニューみていたら、こちらも姉妹店だと言うことを知りました。

 

瀬戸内の人達は、普段からお刺身はおいしいのが当たり前ですが、

更に、本当に美味しい。と私でも感じた!

忘年会の時も、今回も・・・

なかなか自前では行けない

「広島の名店に行こう!」と企画して実現した次第。

 

ここから入ると、旅館の雰囲気です。

この前は、広島の平和大通り。

 

廊下には干支の色紙

落ち着く個室です。

最近こうした、和紙に季節の絵柄や文言を書いた

紙がお料理の下に敷かれていたり、

こちらは、お料理に被せてありました。

 

言葉がよくないですか?

「永遠に輝き続ける」これ、素敵ですよね

ゆず も「柚寿」

 

こういった記念になる和紙は、いつも持って帰りますが

その後の保管に困ってしまいます。。。トホホ

 

ヨーロッパの風景を感じて・・・

  • 2017.01.16 Monday
  • 17:32

昨年はタイブームでしたが、

今年はイタリアの風から新年が始まりました。

 

というのが、いつもお世話になっている三宅先生からの

新年早々のお招きで従業員さんと一緒に、

お昼にイタリア料理をご馳走になりました。

 

新年らしいオフィスで

帯のクロスに壁の絵は、

お多福海苔の社長さんの自作絵

 

 

年末には、ドイツ、新年はイタリアに美術館巡りをされたと

な・ん・と豪勢な旅行をされてきたお土産に

リボン型で色んな野菜の色にイカスミの入った

オーガニックパスタに、生ハム、オリーブ、生チーズ

ハーブサラダ(先生の鉢植えで育ったと)

 

お皿がとても可愛い。

 

1枚ずつイラストが違います。

右のお皿はローマっぽいです。

遺跡のイラスト。

先生の持ち物、知れば知るほど調度品、食器も

素晴らしく見ているだけで、ヨーロッパの風を感じたひとときでした。

 

 

 

父のいた風景

  • 2017.01.05 Thursday
  • 19:17

2017年頭のご挨拶を申し上げます。

つたないブログを読んでくださっている方、本年もおつき合いくださいませ。

 

申年って、「去る年」とつくづく痛感しました。

「今年最後の東京」から帰宅した翌日、父が道路で転倒し1週間で

死去いたしました。

昨年は色んな所に出歩き、充実した1年の終わりに

楽しく東京での数時間を過ごした翌日でした。

半身不随になり、自律神経も麻痺してしまったので、身体の全ての機能が

うまく調整できない身体になりました。

102歳まで生きたいと、常々言っていた本人は

自分の現状が把握できないまま、永眠してしまったことに

無念で可哀想でなりませんでした。

87歳まで生きたんだから、十分でしょう?と今までの私なら思っていました。

いや、それは間違っていました。人により満足のいく年まで生きられたか・・・と

言うことが大事ではないかと知りました。

 

皆さんも身近な方が亡くなったら、同じように平等に経験する哀しみですが、

私も「ついに来た!」でした。

 

若い時の父には、あまり思い出が残っている訳ではなかったものの、

晩年の父はわがままな、手のかかる父でした。

でも、孫に囲まれ「かわいい父」でもあった姿が、思い出として残っています。

 

人の人生って終わってみると、この人は87年の人生と決まっていたんだな・・・

亡くなって戸籍などから、知らなかった事実もわかったり、

この人の幼少期は、話に聞いている以外にどんな人生だったんだろうか・・・

すでに父の両親も亡くなって随分経つので、叔父達に若いときのことを

聞くと「感謝」でしかない人だったようです。

結婚するまでは、兄弟と家の為に尽くし、結婚してから

やっと自分のための人生が歩めた父は、写真が趣味のせいもあり

多くの写真が残っています。

きっと、父は結婚してから幸せだったと。

 

私の今があるのは、父の言葉が重くあります。

高校卒業後の進路を東京の学校に行きたい!と告げたとき、

絶対反対されると思っていたのに、

「これからの女性は、仕事をもって生きていく時代になる。お前は家庭に治まる顔の相をしていない」と。

それが、父の言葉どおりになりました。

 

この会社に入って何年かして、まだ会社を引き継ぐかどうかも

決心も出来ていない時、両親が会社に立ち寄りました。

前社長は父と同じ年でしたが、独り身になっていました。

「お前が最後まで、社長をみてあげなさい」と。

私は社長を看取ることになりました。

 

そんな人生の大事な節目で、なにかしらの父の言葉というのが残っています。

 

呉道路でトンネルを抜けると呉の町に入りますが、

丁度、父の実家(お寺)のある町になります。

「あーこの町に父が87年間過ごした地」と思うと、

あちこちに、幼年期の父の姿を想像したり、

父の立ち寄ったであろう、店、景色を見る度に

父の歩く姿が見えてきて、泣けてきます。

好きだった呉のフライケーキをお供えに買います。

 

実家に帰れば、父の座っていたソファ、

晩年はテレビを見てるか、寝ているか、ヨチヨチあるく姿などが、

あちらこちらに、面影として残っています。

 

そんなこんなで、12月は四十九日までに

母は手続きなどの忙しさで、何かと日中構わず、

私を含め子ども達になりふり構わず、電話をかけてきて落ち着きません。

しかし、夫を失った悲しさは私以上にあると思うと、出来るだけ

対応するようにしていますが、四十九日に向けて

娘夫婦が孫を連れて帰省したり、孫の宮参りなどの準備と

年末の会社の忙しさで休めず、

父の哀しみに追い打ちかけるような気ぜわしさが

逆に私は疲れ果ててしまって、体調を崩してしまいました。

年末年始と出来るだけ、身体を休める努力をし

新年の新たな目標を持ちたいと思っていますが

今だに、まだ決まりません。

 

今年は酉年。飛躍の年といういい年になるはずです。

どう過ごすか、会社をどのように進めていくのか、

早く、見えてきてほしいですね。

 

▼両親が笑っている姿はゆう★。高知桂が浜で。

58年間の夫婦でした。私たちは何年一緒に居られるのだろう・・・

 

 

 

 

 

 

 

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